観光・周辺案内

久喜のいいところ周辺案内

住所
〒346−0016
埼玉県久喜市久喜東4−15−32

営業時間
チェックイン  15時より
チャックアウト 10時迄

電車でお越しの場合

JR宇都宮/東武伊勢崎線 久喜駅東口下車、徒歩15分、車3分、
久喜循環バスで6分(バス停「東4丁目」下車1分)

市内循環バスのご案内
※久喜駅東口バス停にて乗車⇒東4丁目バス停で下車
徒歩1分でフロントへ

久喜市内循環バス時刻表


運賃は、100円/1回 後払いです。
※運航日
月曜日〜土曜日 ※日曜・祝日・年末年始(12月29日〜1月3日)は運休

市内のタクシー会社紹介

増田タクシー
0120−810−391

菖蒲タクシー
0120−835−006

 久喜タクシー
0120−155−818
 上河原タクシー
0120−970−978


タクシーのご予約の可能な時間は7時〜24時迄

お車でお越しの場合
東北自動車道 久喜ICを下車し、下早見交差点を右折(約10分)そのまま直進し、久喜東4丁目交差点を左折(すぐ)するとビルが見えます。
※駐車場は建物の脇になります。

ホテル久喜の近隣工業団地

 
久喜菖蒲工業団地(久喜市) 車で約15分
清久工業団地(久喜市)   車で約14分
蓮田清水工業団地(蓮田市) 車で約18分 
加須川口工業団地(加須市) 車で約19分
加須工業団地(加須市)   車で約19分
伊奈工業団地(伊奈町)   車で約25分
テクノパーク白岡(白岡町) 車で約17分
白岡工業団地(白岡町)   車で約14分
大利根豊野台工業団地(大利根町) 車で約22分
加須大利根工業団地(大利根町) 車で約22分
藤の台工業団地(騎西町)  車で約24分
幸手工業団地(幸手市)   車で約24分
五霞工業団地(茨城県五霞町)車で約23分

ホテル久喜の近隣斎場・葬儀場

 
メモリアルトネ(加須市)  車で約20分
宮代葬祭場(宮代町)    車で約11分
ひなや(幸手市)      車で約15分 
北葛飾郡杉戸ホール(杉戸町)車で約16分
久喜葬祭センター(久喜市) 車で約7分
プリエ久喜(久喜市)    車で約9分
プリエ栗橋(久喜市)    車で約22分
プリエ幸手(幸手市)    車で約15分
プリエ加須(加須市)    車で約17分
プリエ杉戸高野台(杉戸町) 車で約16分
銀杏ホール(久喜市)    車で約10分
迎盛院桔梗殿(久喜市)   車で約24分
にちりんホール(加須市)  車で約21分
馬車屋鈴木葬祭(久喜市)  車で約16分
井上葬祭(杉戸町)     車で約10分
大久保葬祭セレモニーホール(幸手市)車で約18分
グラーステ久喜(久喜市)  車で約8分
グラーステ白蓮(白岡市)  車で約16分


 

提灯祭り

大迫力の夏の久喜市を代表するお祭り

毎年7月12日と18日に開催される夏祭り

久喜提灯祭り「天王様」は、旧久喜町の鎮守である八雲神社の祭礼です。 天明3年(1783年)の浅間山の大噴火で、夏作物が全滅したことによる、生活苦、社会不安などを取り除くため、祭礼用の山車を曳き廻して豊作を祈願したのが始まりと伝えられ、230余年の歴史と伝統を誇る祭りです。
七町内から七台の山車が繰り出され、昼間は、神話などから題材をとった人物の人形を山車の上に飾りだて、町内を曳き廻します。夜は、人形を取り外し、山車の四面に約500個の提灯を飾り付け、提灯山車に早変わり、町内の若い衆が、賑やかな笛や鉦・太鼓のお囃子にのせ、関東一と言われえる山車を回転させたりして、市内を巡行する様は圧巻。

 


 

鷲宮神社

らき☆すたでも有名な関東最古の神社

出雲族の草創に係る関東最古の大社です。

由来は、神代に昔に、天穂日宮とその御子武夷鳥宮とが、昌彦・昌武父子外二十七人の部族等を率いて神崎神社(大己貴命)を建てて奉祀したのに始まり、月に天穂日宮の御霊徳を祟め、別宮を建てて奉祀した。この別宮が現在の本殿です。
 


 

幸手市 権現堂提

桜の名所

県営権現堂公園は、桜の名所として親しまれている幸手権現堂提や隣接する権現堂調整池の水辺空間を活かし、「レクリエーションの拠点並びに水とのふれあいの場となる公園」です。

桜提は、権現堂に咲く植物(桜、菜の花、紫陽花、曼珠沙華、水仙)の開花時期に合わせたイベントや、古くからの歴史と伝統を守る行事など、年間を通しイベント・行事が開催されます。
桜まつり 毎年3月下旬から4月上旬にかけて、「桜まつり」が再再されます。
紫陽花(あじさい)まつり 毎年6月の開催され、今では100種類16,000株に増えたそうです。
曼珠沙華(まんじゅしゃげ)9月から10月にかけ、真っ赤に染まります。
水仙まつり 寒い冬に凜と咲く白い可憐な水仙です。
 


 

静御前のお墓

静御前ゆかりの地

しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな

源義経の内妻であった静御前が、義経の後を追って平泉に向かう途中、この地で悲恋の死を遂げたと言われています。そのため、栗橋には静御前ゆかりのスポットや静御前まつり、静御前にちなんだ地酒やお菓子などがあります。
 


 

閑静な住宅街の憩いの場

太田公園

春には、桜が満開で、とても美しい公園です。

公園の中には、小高い丘や広場があり、近隣住人の憩いの場となっています。また、近くには千勝神社や、駄菓子屋もあり、ノスタルジックな空間です。

 


 

鷲宮神社

ここにも鷲宮神社が!

久喜市鷲宮にある、鷲宮神社を本社としその支社が、久喜市内にいくつか点在しています。

久喜市内にいくつか点在している中の一つが久喜市下早見に有ります。



 


 

稲荷神社

住宅街に残るお稲荷さん

大昔からこの地域を鎮守している稲荷神社。

古くからの住人によって守り続けている稲荷神社です。
 


 

古き時代の香りが残る   田園風景

菖蒲城址

菖蒲城址あやめ園では、六月上旬から中旬にかけて約50品種、3,500株の花菖蒲が見頃になります。園内には、江戸時代の旗本内藤氏屋敷門、あずまや、木戸など花菖蒲を引き立て風情を感じます。例年六月上旬の日曜日には、あやめ祭りで、地元の特産品販売や各種イベントが行われています。

享徳三(1454)年に勃発した関東公方 足利成氏と関東管領上杉氏の対立で鎌倉を追われて翌康正元(1455)年に古雅に道座し古河公方と称した足利成氏が、その家臣の金田式部則網に命じて築城させた。隣接の騎西城等とともに、上杉氏に対する防衛網として整備された。白の竣工が五月五日の菖蒲の節句に当たった為に命名されたと言われています。 天正十八(1590)年の小田原の役後忍城の支城だったこの白は廃城となり、徳川譜代の内藤氏が栢間に陣を構えて5700石を知行したそうです。
 


 

加須市ジャンボ鯉のぼり

市民平和祭は毎年5月に開催

加須市のこいのぼり産業は、明治時代の初め、提灯や傘の職人が副業として始めたことにそのルーツがある。

昭和63年、加須青年会議所の協力のもとに作られ、全長100メートル、重さ約600キログラム、全国一のジャンボこいのぼりの誕生。 以後、平成7年までの8年間、市民平和祭で、また、平成10年にハワイで大空を遊泳。
平成8年2代目完成、全長111メートル、重さ730キログラムと1世より大きかったのですが、平成14年の市民平和祭で遊泳中に破損し、修理不能となり引退。
平成15年3代目完成、全長100メートル、重さ約350キログラム、素材を従来の綿生地からポリエステルに変え、軽量化に成功。目玉と口の大きさは直径10メートルもある。
平成18年サッカーワールドカップ(W杯)ドイツ大会の日本代表初戦の地、カイザースラウテルンの大空を雄大に泳いだ。
平成26年4代目完成、全長100メートル、重さ約330キログラム、目玉と口の大きさは直径10メートルある。デザインを変更し、市の木(サクラ)市の花(コスモス)のピンク色と加須市の将来像【水と緑と文化の調和した元気都市】の青、緑、オレンジ色を配色に取り入れた。

 


 

春日部市大凧あげ祭り

毎年5月3日と5日に開催

天保12年(1841年)、生国(しょうごく)出羽国(でわのくに)山本郡(やまもとごおり)水沢邑(みずさわむら)の西光寺(さいこうじ)の弟子、浄信(じょうしん)という僧が、各地巡礼の折に宝珠花(ほうしゅばな)の小流寺(しょうりゅうじ)(現在の春日部市西宝珠花)に宿泊した時に、土地の人々を集め養蚕(ようさん)の豊作占いとして凧揚げの話をした。「繭(まゆ)の値段が上がる」と「凧があがる」の意味を掛けていると言われている。その聞いて人々は、数十個の凧をあげて繭の豊作を占うというようになったと伝えられている

繭の収穫前ににぎやかに揚げられた凧を旧暦5月の端午(たんご)の節句に周辺の男子出生の祝いとして、各戸では子どもの名前、紋章を書いた大凧、小凧を作って、凧あげ祭りをした。また、一部では、凧合戦も盛んだった。そのころから凧の大きさも徐々に大型になり、共同で揚げるようになった。  
江戸川河川敷で、毎年5月の3日と5日に開催され、最近では大凧を前に、その年に初節句を迎える子どもたちの健康と幸福な成長を願う儀式が行われ、その後、上若(かみわか)組と下若(しもわか)組それぞれの大凧を揚げる。大凧を揚げるのは百数十人。子どもたちの健やかな成長を願い市民一体で開催される。